国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所
REDDプラス・海外森林防災研究開発センター

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森林防災

1. 気候変動に伴う土砂災害、高潮被害等の増加

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の第5次評価報告書は、気温、海水温、海水面水位、雪氷減少などの観測から気候システムの温暖化には疑う余地がないことを指摘しています。この気候変動の進行による極端現象の顕在化により、地球規模で豪雨の強度増加や頻度上昇、非常に気圧の低い低気圧、台風の発生頻度の増加が起きていて、斜面災害の大規模化や頻度上昇、沿岸域での高潮被害の甚大化に効果的な対策を講じることが世界共通の課題となっています。

近年、開発途上国では山岳地域や沿岸域における森林から農地への土地転換等の土地利用改変が進んでいることは、気候変動の被害を深刻化させています。山岳地域における無秩序な森林伐採や排水を考慮しない道路の開設は、斜面を不安定化させ、大規模な土砂災害を引き起こすきっかけになります。一旦、土砂災害が発生すると山麓に生活する人々の生計の手段である農地や家屋に被害が及び、最悪の場合人命を奪う災害となります。また沿岸域でのマングローブ林生態系は、海洋からの波の力を緩和するだけでなく、マングローブ植物の根系が護岸の役割を果たしていることから、これを伐採し養殖池や農地、水田を開発すると護岸の機能が失われ、高潮が発生した時に、より内陸部へと浸水被害が拡大する結果を招いています。

2. 国連防災世界会議での仙台防災枠組等による防災分野での国際協力の重要性

2005年の第2回国連防災世界会議で採択された「兵庫行動枠組」では、災害リスクの削減は将来の損失を防ぐ上で費用対効果の高い投資であり、その管理は持続可能な開発に寄与するとされました。その考えのもと地域のみならず国際的な防災のための取組が進められました。しかしながら、2005年から2015年の10年間における自然災害による世界全体の死者数は未だに70万人、経済的損失は1兆3千億ドル以上になるなど甚大な損害は継続していて、取組とのギャップが顕在化しています。

2015年の第3回国連防災世界会議では、このギャップの背景として、近年の気候変動による災害規模の拡大や災害頻度の増加によって、全ての国において脆弱性の減少速度よりも危険要素の増大速度の方が卓越していることを指摘しています。同会議で採択された「仙台防災枠組」では、危険要素への暴露と災害に対する脆弱性を予防・削減することによって、新たな災害リスクの防止と既存の災害リスクの削減を進め、2015年から2030年までの15年間で人命をはじめ国の経済的・社会的資産に対する災害損失の大幅な削減を目指しています。この目的を達成するためには、国際協力を通じた財政・技術支援によって開発途上国の防災活動実施能力を向上させることが特に重要です。

仙台防災枠組の指導原則のひとつに、災害の潜在的なリスク要因に事前に対処する「事前防災」の考え方があります。事前防災は発災後の応急対応や復旧に依存するよりも費用対効果が高く、持続可能な開発に資する手法とされ、国内の治山事業において近年は重要視されています。林野庁が平成27年3月に取りまとめた「今後の山地災害対策の強化に向けて」では、事前防災対策の基本的な方向性として、森林の山地災害防止機能や自然の回復力を踏まえた上で優先度評価を適切に行い、治山事業の実施箇所の選定や治山事業計画の策定に当たっていくことが重要であると取りまとめています。このようなハード対策のみに頼らない我が国の治山事業の設計思想は、財政状況が限定的な開発途上国における治山分野の国際協力においても、高い適用性を発揮することが期待されます。

3. 気候変動枠組条約パリ協定における適応策と我が国インフラシステム輸出戦略

2015年に気候変動枠組条約第21回締約国会合(COP21)で採択され、2016年に発効したパリ協定においては、気温上昇を2℃未満、さらにできる限り1.5℃未満に抑えることを目標として掲げ、国際協調により緩和策に取り組むことが示されただけでなく、気候変動による不可避な悪影響を最小限にとどめるために適応策を講じることについても強調されています。同協定の7条には、適応に関する情報共有や制度的措置の強化や科学的知識の強化などを推進するための協力を強化すること、先進国は緩和と適応に関連して、途上国に対する資金支援を提供することなどが明記されています。また、9条には各国は適応に関する計画、報告を提出することができるとされています。さらに10条には科学技術の開発と普及、11条には能力強化について、それぞれに適応と緩和の双方への対応が必要であることが示されています。さらに、COP21決定において、2025年に先だって年間1,000億ドルを下限として、新たな定量的な全体の緩和・適応のための資金の目標を設定することが決定され、また長期目標の達成に向けた全体的な進捗を評価するため、2023年から5年ごとに実施状況(緩和、適応、実施手段、支援)を定期的に確認し、その結果を各国の行動、支援の更新・拡充の際にインプットすることが合意されています。

我が国においては、2019年6月に「インフラシステム輸出戦略」が改訂されており、これには、「防災先進国としての経験・技術を活用した防災主流化の指導・気候変動対策」が、我が国の技術・知見を生かしたインフラ投資の拡大策の一つとして掲げられています。この具体的施策として、アジア太平洋地域においては、近年顕在化しつつある気候変動の影響による自然災害等の被害を回避・軽減する、適応策の立案・実施への支援などの推進の必要性に対応すべきとされています。

4. 森林の機能を活用した防災・減災の必要性

国家の経済が著しく成長する際に、不適切な山地の土地利用が原因となって災害が頻発化する事例は世界各地で認められます。経済成長期には、産業活動が活発化し人口が急増するため、伝統的な土地利用のルールが軽視され、土地利用が災害リスクの高い場所にまで拡大して災害の頻発化につながりやすいのです。わが国でも、明治期の近代化や第二次大戦後の復興に伴う、木材や薪炭需要の増大が山地の過度な利用を招いて災害が多発化したことがあります。わが国では、この対策として、居住地の周辺ではコンクリート製の防災施設の整備を主とした砂防事業が行われてきましたが、山地奥部では森林整備と補助的な施設を組み合わせた治山技術が発達してきました。治山技術は森林生態系の持つ減災機能を活用するため、低コストであり、今後本格的な防災対策を進めようとする、途上国にとっては適用可能性が高い技術と言えます。

治山技術による山地域の森林整備は崩壊リスクを低減することで下流域の災害リスクを低減しますが、防災林の設定や整備も治山技術の特徴で、居住地の周辺における整備された防災林は土砂流出や洪水、津波、高潮、強風など自然の猛威から生活空間を保護してくれるバッファーゾーンとなります。このように、治山技術で整備された森林の減災効果はきわめて、幅広く多岐に及ぶ。また、近年の経済発展が著しい東南アジアの諸国では、多雨気候のため洪水による被災者が極めて多く、気候変動による洪水被害の大規模化が危惧されています。治山技術による山地域の森林整備は山地からの土砂流出を低減し、河床上昇による洪水被害の緩和が期待できるため、水害までをも含めた国土全体の総合的な防災対策に大きく貢献できると期待されます。また、森林の炭素固定を通じた温暖化緩和への貢献が期待できるという点でも優れています。

治山技術は、このような多岐にわたる利点を持つ一方で、適切な土地利用計画や土地利用制限や住民の防災・環境意識を向上するための啓蒙を伴わないと効果を発揮しにくい技術体系です。例えば、居住地の周辺に防災林が整備されても、適切な利用制限が無いと私的な利用が放置されて、防災林の破壊につながることがあります。いわゆるコモンズの悲劇です。しかし、世界的にSDGs(持続可能な開発目標)が重視される今日にあっては、このような土地利用計画や啓蒙を必要とするという治山技術の特性は、むしろ、住民の防災意識の向上につながりやすいという利点にもなりえます。

とくに災害が起こりやすいモンスーンアジア地域では、適切な土地利用の制限は局所的・短期的には経済活動を制限する側面もありますが、長期的に国家的視点で見れば、住民の安全につながることは間違いありません。わが国でも、災害リスクの高い場所での宅地開発が災害につながっていると指摘される事例は多々ありますが、防災・減災対策の策定がこれから本格化する開発途上国にあって、計画的な土地利用と防災意識の普及啓発を必須とする治山技術を、沿岸地域においてはマングローブ等による高潮被害に対する沿岸域の防災・減災機能の評価と保全策を、早期に導入し、土地の持つ災害リスクについて意識を深めておくことは、将来的に防災予算の低減や民生の安定にもつながるもので、未来への投資という点からも費用対効果は極めて高いと考えられます。

政府と住民の間の合意可能性が高く実効性の高いゾーニングを行うには、科学的知見にもとづいて、土地に潜む災害リスクを出来るだけ正確に評価するとともに、迅速・かつ効果的な形で住民に周知する必要があります。そのためには、地域の生態系や社会的文化的な背景の理解を踏まえ、近年発達が著しい情報技術の活用が不可欠であり、とくにリモートセンシングや、AIの技術を導入することで、ゾーニング技術を高度化することが期待できます。本事業では、日本の治山技術が蓄積してきた山地災害予測技術に、リモートセンシングやAIなどの最新の情報技術を組み合わせて、開発途上国における森林の防災・減災機能を活用した防災技術の実装に貢献することを目的としています。