2023年11月8日(水)から11月9日(木)までの2日間、我が国の治山技術等の海外展開を促進することを目的とした技術者研修を実施しました。会場受講生は10名、オンライン受講生は4名でした。
研修プログラムと講義概要は以下のとおりです。
研修プログラム
月日 |
時刻 |
講義名 |
講師名 |
11月8日(水) |
09:00-09:30 |
開会式・事務連絡 |
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09:30-11:00 |
気候変動適応策としてのEco-DRR概論:森林の機能に注目して |
中村太士(北海道大学大学院) |
11:10-12:10 |
日本における治山事業の歴史とその優位性 |
林野庁治山課 |
13:10-14:10 |
JICAによる治山関連分野の取組と今後の展望 |
JICA地球環境部 |
14:20-15:50 |
途上国における住民の土地利用と防災に関する意識 |
岩永青史(名古屋大学) |
16:00-17:30 |
我が国の治山技術のベトナムでの適用に向けた技術開発 |
岡本隆、鈴木秀典、江原誠(森林総研) |
11月9日(木) |
09:00-12:00 |
治山事業の海外展開に係る資金ソースと事業とのリンク |
JICA地球環境部 古市剛久(森林総研) 鈴木聡(奥山ボーリング株式会社) 菅野孝美(川崎地質株式会社) 高見純平(株式会社Synspective) 水口洋二(日本工営株式会社) |
13:00-16:30 |
途上国におけるGoogle Earth Engine等を用いた斜面崩壊地の自動抽出 |
大丸裕武(石川県立大学)、村上亘(森林総研) |
16:30-17:15 |
閉会式・事務連絡 |
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講義概要
◯気候変動適応策としてのEco-DRR概論(中村講師)
科学的知見に基づく森林の防災機能(皆伐の影響など)、過去の大規模な地震や水害の事例分析、気候変動適応策としての自然再生の可能性、生物多様性に配慮した流域治水の取組などについて解説いただきました。
◯日本における治山事業の歴史とその優位性(林野庁)
日本の治山事業の各種工法や効果事例、過去の山地災害の発生状況、近年の豪雨災害を踏まえた新たな取り組みなどについて解説いただきました。
◯JICAによる治山関連分野の取組と今後の展望(JICA地球環境部)
JICAによる自然環境分野の包括的な取組内容、その中の治山・Eco-DRR分野の世界各地のプロジェクト事例を紹介いただき、最後に国際協力における治山・Eco-DRRの今後の課題(国民性、法規制、資材確保等技術面など)と可能性について解説いただきました。
◯途上国における住民の土地利用と防災に関する意識(岩永講師)
東南アジア各国の森林政策の変遷(丸太輸出禁止など)について紹介いただき、また、アジア各国での調査事例をもとに、自然災害に対する農民の意識のタイプ別(災害が多い、災害が当たり前、災害がない)で農民の生計手段や木材生産がどう変わるかを分析した結果について解説いただきました。
◯我が国の治山技術のベトナムでの適用に向けた技術開発(森林総研)
森林総研では、令和2年度から、日本の治山技術を開発途上国に適用するための方法についてベトナムをフィールドとして調査・研究を行っています。ここでは、これまでに得られた知見について、山地災害、道路、社会科学的な側面から取り上げました。
岡本講師からは、ベトナムにおける山地災害の特徴と、経済発展に伴う森林の土地改変が災害に及ぼす影響を紹介しました。また、貧困を理由とした山腹斜面の積極的な農地利用が森林回復を遅らせている現状などを解説しました。
鈴木講師からは、ベトナムにおける山地道路の現況および課題について、日本の山地道路と比較しながら解説しました。また、ベトナム山地道路の切土のり面崩壊について、崩壊機構を解明するための調査内容を紹介しました。
江原講師からは、ベトナム調査地での地域住民の生計手段や土地・インフラ利用の状況、被災内容等について紹介しました。また、防災・減災調査事業にて社会科学系調査を日本人が途上国で実施する際に直面する、言葉の問題、日本とは異なる社会文化背景に起因する地域住民の災害についての認識や感覚の違い、自然科学情報との関連付けといった課題についても共有しました。
◯途上国におけるGoogle Earth Engine等を用いた斜面崩壊地の自動抽出(大丸講師、村上講師)
衛星画像を可視化、分析することができる地理空間分析プラットフォームであるGoogle Earth Engineを利用して、災害前後の衛星画像データから斜面崩壊地を自動抽出する技術について、実習を通して実際に体験していただきました。
◯治山事業の海外展開に係る資金ソースと事業とのリンク(民間事業者等)
この講義は、昨年令和4年度技術者研修で参加者から前向きなフィードバックを得た講義である 「治山事業の海外展開に係る資金ソース」 を拡充して企画構成されたものであり、以下の3本立てで行いました。
- 日本企業が海外展開に際して活用可能な資金ソースに関する概要の紹介・説明
- 海外における治山関連事業の準備/実施の経験をお持ちの方々からの資金ソースと事業との関連に関する体験談
- 1及び2を踏まえて講師と参加者全員で更なる情報交換をし、見えてきた課題などについての全体討論
講義名:治山事業の海外展開での資金ソースと事業とのリンク
【概要】 この講義は、昨年令和4年度技術者研修で参加者から前向きなフィードバックを得た講義である 「治山事業の海外展開に係る資金ソース」 を拡充して企画構成されたものである。日本企業が海外展開に際して活用可能な資金ソースに関する概要を紹介/説明し、海外における治山関連事業の準備/実施の経験をお持ちの方々からの資金ソースと事業との関連に関する体験談を語って頂くことを通じて、治山事業の海外展開での資金ソースの概要とその資金へのアクセスのついて学び、これら情報と体験を踏まえて講師と参加者全員で更なる情報交換をし、見えてきた課題などについて討論することを意図したものである。
【セッション1:日本企業の海外展開に関連する資金ソース】
1-1) 日本企業の海外展開に関連する資金ソースについて~JICA 中小 企業・ SDGs ビジネス支援事業~
講師:JICA地球環境部 森林・自然環境グループ自然環境第二チーム 企画役 花井あかね
<要旨> JICA中小企業・SDGsビジネス支援事業は、従来のODAスキームだけでは途上国の経済・社会課題の解決への貢献に限界があるとの認識に基づき、民間企業等のビジネスを通じて現地の課題解決に取り組むスキームの一つとして2010年度から導入された制度である。「JICAの強み」である「拠点」、「人」、「情報」を実施基盤とすることで、「JICAの信頼とネットワークの活用」、「質の高いビジネス・アドバイザリ」、「企業認知度の向上」 を狙った制度設計がなされ、企業からも注目を集めた結果、その開始以来1389件(うち、中小企業1065件)の採択実績がある。これまで展開されてきた活用事例を紹介しつつ、支援事業のメニューである「ニーズ確認調査」、「ビジネス化実証事業」、「普及・実証・ビジネス化事業」の制度詳細を説明した。案件の募集については事前登録が9月下旬頃に〆切られ、本応募〆切は10月下旬頃、審査結果の通知は翌年2月中旬頃、というスケジュールで進められる。
1-2) 国際資金:その枠組み・動向・活用
講師:森林総合研究所 森林防災研究領域 特別研究員 古市剛久
<要旨> 世界銀行をはじめとした国際開発金融機関の設立経緯や目的、資金の種類、資金の流れなどを概観した上で、世界銀行とアジア開発銀行、多国間拠出ファンドとして地球環境ファシリティ(GEF)、緑の気候基金(GCF)、世界銀行防災グローバルファシリティ(GFDRR)、国連実施機関として世界食糧農業機関(FAO)、国連開発計画(UNDP)、国連防災機関(UNDRR)に注目してそれぞれの概要と動向を紹介した。そして、それら国際機関等が持つ開発資金の日本企業による活用について、昨年実施した「企業参画基礎調査」を通じて理解された現状や課題をコンサルタント企業とメーカー企業に分けて紹介し、今後の方策への視点を提示した。国際金融機関や多国間拠出ファンドに集まる膨大な資金と日本国の財政状況や今後も続く少子高齢化など日本を取り巻くマクロ経済状況とを相対化して考えた際に、国際金融機関や多国間拠出ファンドを活用した事業展開がどのような意味を持つのかについても、いくつかの議論を紹介した。
【セッション2:各種資金ソースと事業とのリンク】
2-1) JICA中小企業・ SDGs ビジネス支援事業の経験とそこからの事業展開
講師:奥山ボーリング(株)技術本部 技術部 部長 鈴木聡
<要旨> 当社は2011年にベトナムでの斜面防災調査業務に参画する機会を得て、その業務終了後も自社資金を使って現地企業との技術協定の締結、あるいはベトナムにおいて地すべり研究会を組織して同分野の関係者とのネットワーク作りやベトナム各地での地すべりに関する知見の蓄積に努めてきた。JICA中小企業・ SDGs ビジネス支援事業はそうした取り組みの中で知り、その活用へ向けて検討をした結果として2020年から2022年にかけて案件化調査「ベトナム国斜面災害予防ソリューション」を実施した。JICA支援によるこれらの現地調査から得た成果なども足掛かりとして、ベトナム政府が作成した地すべりハザードマップと連動させる形で、ドローンを用いたレーザー測量による斜面診断や地すべり早期警戒システム、簡易水抜き工などの導入を念頭に事業展開を模索している。
2-2) 海外展開におけるベネフィットとリスク(現地政府資金の事業経験)
講師:川崎地質(株)北日本支社 支社長/ハノイ駐在員事務所 事務所長 菅野孝美
<要旨> ベトナム国は、拡大メコン圏で最も自然災害が多く、最も人口が多く、防災事業が今後大きく拡大していく可能性のある国である。当社は2012年(平成24年)に経産省補助事業として採択されたこと切っ掛けとしてベトナムでの事業を開始し、以来ハノイに駐在員事務所を設置してビジネス展開を模索してきた。その結果、ベトナム中部高原に立地するダラット市の市街地において発生した地すべり(2017年5月発生)の対策事業をベトナム地方政府(ダラット市)から受注し、2021年1月〜2022年12月を工期としてベトナム企業とJVを組んで調査・施工に当たった。コロナ禍により日本人技術者の渡航が影響を受け、現地業者には地すべり対策工事の経験がないなどの中で施工は困難を極めたが、無事に完工した。施工中、先方政府との意思疎通などでは難しい面も多く日本人単独による対応は困難な状況であったが、完工後の支払いは比較的円滑であった。
2-3) 治山事業の海外展開での資金ソースと事業とのリンク(国際開発金融機関の事業経験)
講師:(株)Synspectiveソリューション技術部 チーフテックリード 高見純平
<要旨> 当社は先進小型レーダ衛星の技術を社会実装する企業として2018年に創立され、小型SAR 衛星コンステレーションとデータ解析能力を用いてSARデータ販売とソリューション提供の2つのサービスを同時に展開する世界唯一の企業である。これまで世界銀行、アジア開発銀行、国連機関、JICA やJAXA も含めた開発援助や研究機関様と国内外を対象として様々なプロジェクトを実施してきたが、2022年12月に実施された昨年度のこの技術者研修の聴講を切っ掛けとして、国際機関が持つ開発資金への新規案件開拓の社内検討がなされ、アジア開発銀行へ当社技術の売り込みを試みることにした。売り込みは、まずアジア開発銀行駐日代表事務所へコンタクトし、その結果として同事務所がマニラ本部へつなぐ便宜を図って下さった。マニラ本部との会議ではアジア開発銀行のリモセン分野の責任者が対応して下さり、その方へ自社技術を売り込んだ結果、森林資源量調査業務を受注するに至った。
2-4) 円借款及び国際機関資金の事業経験
講師:日本工営(株)基盤技術事業本部 地球環境事業部 技術部長 水口洋二
<要旨> 当社は1998年より森林分野の業務を開始し、ODAによる調査計画、技術協力事業及び円借款事業、ADB資金の技術協力事業などを実施してきた。円借款事業では相手国からの要請書を基に1年程度をかけて準備調査(案件形成調査)を実施して事業の審査検討資料を作成する。正式な貸付契約は準備調査で作成された計画を基にして交渉され締結されることになる。近年多くの案件契約が締結されているインドでは、地域(州)を広くカバーする複数のサブプロジェクト/コンポーネント(気候変動適応としての生物多様性保全、水土保全、減災防災を目的とした生態系サービス改善を含む)で構成される森林セクター事業として案件が計画される傾向にある。GCFをはじめとした国際機関資金(外部資金)は、申請手続きは煩雑で時間がかかるものの、森林分野に円借款が見通せないLDC等の場合、JICA技プロの出口戦略(開発・育成した技術や組織の展開)を考える際の重要な資金源の一つである。GCFと民間資金のブレンディングも一案である。
【セッション3:全体討論】
<概要> まず、民間企業が国際金融機関や多国間拠出ファンドを活用して事業展開する際の申請事務について情報共有と意見交換がなされた。実際に申請を行っている組織での人員体制や申請書類作成期間など、実際に経験のある企業が取り組み実態について情報共有して下さったことは、参加者にとって大いに参考になったと思われる。一方で、申請手続きにおいてドナー側が持つ課題に関する指摘や、その背景・経緯・対応などについても情報交換や意見交換が行われた。また、日本は国際開発金融機関や多国間拠出ファンドへ多額の資金を拠出している主要ドナーであること、そのこともあって例えば世界銀行やアジア開発銀行は日本へ出先事務所を構えており日本企業からの問合せに対して懇切に対応していること、などの紹介があった。そうした日本の立場も改めて認識し、日本企業は何ら遠慮することなく、国際金融機関や多国間拠出ファンドを活用した事業展開を検討し、関係者とも相談しながら進めていけばいいのではないかといった議論がなされた。