2024年1月31日(水)に、令和5年度国際セミナー「森林による防災・減災技術の国際展開」を開催いたしました。本セミナーは、令和5年度林野庁補助事業「森林技術国際展開支援事業」の一環として、日本の国土強靭化に関する知見の途上国への適用について、今後の課題と可能性を議論することを目的にしています。
開会セッション
主催者挨拶として浅野(中静)透森林総合研究所所長は、日本の治山技術は国際的な期待が高まっている自然に基づく解決策(Nature-based Solution)の重要な要素であること、また気候変動の影響を強く受ける途上国においてそうした技術の活用が期待されていることから、日本の技術を途上国の森林を用いた防災・減災に活用するための課題と可能性を議論する本セミナーの意義を説明した。
来賓挨拶において長﨑屋圭太林野庁森林整備部長は、国際的社会が取り組むべき課題である気候変動対策において森林は温室効果ガスの吸収による「緩和」だけでなく、防災・減災といった「適応」の両方で森林は非常に大きな役割を期待されていることを紹介し、本セミナーにより、森林を活用した防災・減災対策の議論がより発展することへの期待を述べた。
セッション1:基調講演
◯「森林根系にある防災・減災機能の科学的評価」 阿部和時(日本大学)
森林の機能が土砂災害に対する防災・減災問題を解決する万能策という訳ではないため、その機能の適用範囲と制約の正しい理解が必要である。
人工林における林齢と表層崩壊の関係では、若年林では表層の土壌層崩壊が発生しやすくなる一方、20年以上の壮齢林では土壌層崩壊は抑止される。しかし土壌層の下の土壌堆積層や風化基盤層では崩壊が発生してしまう場合がある。土壌の深い層に対して森林の崩壊防止機能が有効であるかどうかについては今後の研究が期待される。
根系による土壌崩壊の防止メカニズムに関する模型を用いた実験では、土中水の増加に伴って砂層の下部に形成される飽和水滞がせん断域となり崩壊が発生した。この結果を受けて、根が崩壊防止にどの程度有効であるかを検証し、せん断域が薄いほど根によるせん断補強強度は大きくなるが、せん断域が厚くても根による補強強度は発揮され、これが根による崩壊防止機能となることを明らかにした。
セッション2:日本の治山技術の国際展開
◯「NbS主流化の時代における山地斜面における災害リスクの軽減:可能性・ターゲット・プロジェクト形成」 古市剛久(森林総合研究所)
日本国内における治山事業が森林造成を目的にしているのに対し、途上国では森林以外の土地利用も考慮した計画的・持続的な土地利用の改善による「拡張治山」が求められる。「拡張治山」は低コストかつ持続可能で、自然に基づいた解決策(NbS) や生態系を活用した減災防災(Eco-DRR) との共通項が多く資金を獲得するのに有利である一方で、減災防災効果が限定的であることや他の森林セクターが防災減災機能に対して無関心であるといった懸念点もある。今後の課題として、現地のニーズや技術・状況の把握と、森林の持つ災害リスク軽減効果をEco-DRRとして位置づけ、森林セクター全体として意識向上を行うことが必要である。
◯「ベトナムにおける日本のF-DRR技術の適用可能性」 岡本隆(森林総合研究所)
ベトナム北西部では洪水、斜面崩壊、フラッシュフラッド、浸水、間伐、霜害といった災害が問題になっている。現地でおこなった河川水位と濁度の長期観測、地表面の浸透能の調査、流出土砂の多点サンプリングから、濃度の高い土砂は流域の最上流部や人工の谷埋め盛り土で流出していることが確認され、人間による土地の改変が土砂流出に大きな影響を与えていることが明らかになった。このような災害リスクのある山地斜面に適用できる日本の治山技術のひとつに筋工があり、治山ダムや大規模擁壁よりもはるかに低コストで、技術的要求も低い利点がある。F-DRRの考えに基づく日本の治山技術を開発途上国に適応させるには、現地の土砂災害の実態と原因を科学的根拠に基づいて理解したうえで、現地の社会経済面も考慮したF-DRRの実践が求められる。
◯「リモートセンシングを利用した山地災害のリスク評価技術の開発」 村上亘(森林総合研究所)
衛星データと各種調査データを組み合わせて機械学習により崩壊地の自動抽出技術、土地利用および森林攪乱を推定するツールを開発した。ベトナムでの1989年から2019年までの土地利用クラスの変遷と森林撹乱の面積推移を集計すると、森林攪乱後も森林に戻る割合が大きく、森林・非森林間での相互の変化も含めるとこの期間での森林面積に大きな変化はないと推定された。このように蓄積したデータを利用して、ベトナム北西部の山岳地域において、GIS情報から崩壊リスクを評価しマップ化を試みた。その結果、耕作地として利用していたものが放棄された斜面が崩壊の発生要因として重要であることが示唆された。開発したツールを用いたリスク評価に基づく災害対策の策定やゾーニングなどへの活用には、現地の状況を把握したうえで検証と改善が必要である。
セッション3:途上国でのF-DRR技術の適用ニーズと可能性
◯「ベトナムにおける森林を基盤とした自然災害軽減:現状と課題」 Dr. Vu Tan Phuong(ベトナム森林認証事務所)
ベトナム政府は森林の回復に多大な努力を払っており、森林被覆率は1995年の28%から現在の42%に増加している。ベトナムは気候変動に脆弱な国であり、気候変動が自然災害に与える影響は大きく、土砂崩れ、鉄砲水、低地での洪水、海面上昇による海岸線の浸食など様々な危険に晒されている。ベトナムの林業開発に関しては、森林被覆の維持、植林の強化、持続可能な森林経営、自然災害軽減のための森林管理の改善が急務である。
◯「タイ・ナン県における森林生態系サービス向上のための統合的土地利用シナリオ」 Dr. Yongyut Trisurat(タイ・バンコク カセサート大学)
タイでは2000年以降、全国的な森林減少は着実に減少しているが、ナン県では農地拡大のため、むしろ森林減少が今後も続くと予想され、生物多様性や災害のリスクにも悪影響を与えている。そこで、山間流域におけるF-DRRの有益性を評価することを目的に、2030年までの3つの土地利用パターンでシナリオ分析を行った。その結果、市場ベースと保全の両立を目指すシナリオが、乾期に利用できる水の量、土砂流出の危険性、経済的な便益において総合的に優位であることが示された。
◯「森林再生とアグロフォレストリーを通じた地域社会の回復力の強化」 Ms. Sunshine Telio(フィリピン保全イノベーションセンター)
フィリピンのベンゲット州トゥブレイ市で実施しているプロジェクト「山岳流域における気候変動に対するコミュニティの回復力の強化」では、森林から得られる生態系サービスや便益を強化することで、災害リスク軽減のための生態系に基づく適応・緩和策を実施しており、具体的には選定されたパイロット地域に適した森林再生計画(地域に適合した植林樹種の選定、植林計画の作成、具体的な苗木供給体制の確立、土地の準備、モニタリングとメンテナンス)を策定した。現在は、森林再生と森林保全、コーヒーをベースとしたアグロフォレストリーの確立にとりくんでいる。プロジェクト終了後にも活動を持続できるようコミュニティレベルのボランティア団体を組織する必要がある。またEco-DRRのスケールアップのためプロジェクト活動を近隣自治体に拡大することが重要である。
◯「FAOプロジェクトを通じたF-DRRの主流化」 小西力哉(国連食糧農業機関)
林野庁は、海外でのF-DRRの主流化を目指し、2020年10月からFAO(国連食糧農業機関)を通じて「山岳流域における気候変動に対するコミュニティレベルのレジリエンス強化」プロジェクトを開始した。同プロジェクトでは、ペルー(降雨パターンの変化や土壌劣化)、フィリピン(地滑り、土壌侵食)、ウガンダ(極端な気候変動と森林の劣化)での国別の取組みと、F-DRRの概念化、防災のための森林管理の事例調査、森林・樹木を活用した適応活動の主流化などグローバルレベルの活動を実施してきた。 今後、F-DRRを主流化するためには、F-DRR概念に関する議論の実施、世界レベルでのケーススタディの実行、多言語での出版物、および国際会議、国際交渉の場での発信が重要である。
パネルディスカッション「森林による防災・減災技術の国際展開」
フロアからの質問とコメントを交え、治山技術あるいはF-DRRを途上国に適応する際に明らかになった課題や潜在的な解決策について発表者による意見交換を行った。