日本の森林整備・治山技術を効果的に現地のニーズに合わせて適用するための手法の開発
1. はじめに
調査対象国であるベトナムの山岳地域では、気候変動に伴う極端な豪雨の強度・頻度の増大や、市場経済の拡大等による森林から農地等への無秩序な土地改変によって、斜面崩壊をはじめとする山地災害が多発し林地の荒廃が進んでいます。同国の山地災害を防止・軽減することを目的として、森林の防災・減災機能を最大限に発揮させる日本の治山技術をベトナム国に効果的に適用するために必要な手法を、同国の自然環境条件や社会情勢を考慮しながら開発します。
本目的の達成のため、ベトナム北西部山岳地域の荒廃林地を対象に現地踏査を実施し、斜面崩壊等の発生場や発生形態、植生被覆との関係等を把握します。また林地の荒廃には不適切な森林路網の作設に起因することも多いことから、林道等の整備状況についても調査します。さらに対象地域における森林の伐採、農地転換、居住地域の変遷等など土地利用の実態や地域住民の山地災害に対する意識等を現地調査や文献調査によって把握します。この他、治山事業計画の策定に必要となる、同国の地形・地質・降水量等の広域データセットの整備状況を調査し、GIS基盤データへの供用可能性を明らかにするための品質確認を行います。
本事業の調査フローを図1に示します。本事業は並行するリスクマップ作成事業と強く連携することから、同図は両課題を含めたかたちとなっています。このようにして得られた、林地の荒廃、林道の整備、土地利用の情報はリモートセンシング技術による斜面崩壊リスクマップ及び森林管理マップの作成の一助となります。さらに山地災害リスクと木材生産の収益性に基づいて、土地利用の判断基準となるような森林のゾーニング技術を開発します。
図1. 調査開発フロー
2. Son La省Muong Gion Communeにおける山地災害と周辺環境
本年度は、ベトナム北西部山岳地における斜面崩壊及び周辺環境に関する共同調査地をカウンターパートであるベトナム森林科学アカデミー(Vietnamese Academy of Forest Sciences)と協議し、ソンラ省(Son La Province)、Quynh Nhai District内にあるMuong Gion Commune(モンゾンコミューン、以下、MGC)に設定しました(図2)。MGCはベトナムの首都ハノイから西北西へ約230 km離れたダー川の東側に位置する人口11,881人(2019年)、面積187.02 km2のCommuneであり、人口密度は約64人/km2で日本の北海道とほぼ同じです。MGCの森林面積は89.32 km2、森林面積率は47.8%であり、ベトナムの平均的な被覆率(41.9%、2019年)に近いです。MGC内には、長さ18 kmのNational road(国道)279号、10 kmのProvintial road 107号、25 kmのInter-district road、40 kmのInter-Commune road、そして35 kmのNew rural roadが走っており、MGC内の19カ所のvillageを結んでいます。MGCの現地住民の生計は主に農業生産と畜産であり、その年平均世帯収入は2,800万VND(2019年)、貧困率は14%です。
図2. ベトナム北西部Son La省Moung Gion Communeの位置
Muong Gion Communeで発生した斜面崩壊の特徴を明らかにするため、現地カウンターパートのベトナム森林科学アカデミーが中心となり現地調査を実施しました。調査対象は1995年から2020年までの期間に発生した21箇所の斜面崩壊です。調査期間の制約等から今回は道路沿いで発生した斜面崩壊のみを対象としました。写真観察によると、斜面崩壊の形態は概ねすべり面深度の浅い「表層崩壊」に位置づけられます(写真1a)。ただし、なかには例えば写真1bのようにガリーやリルが卓越した「表面侵食」の形態も認められます。また法面の崩壊が見られる箇所では道路開設工事の影響を少なからず受けていると推察されます。
写真1cには治山施設が設置されています。1995年に斜面崩壊が発生したPlot 2では法面に複数段の石積みブロックが見えます。これは斜面末端部に置くことで地すべり滑動力に対する抵抗力を増加させる押え盛土工(抑制工)の一種と考えられます。日本の多くの押さえ盛り土工では盛土裏面の水位低下を狙って排水ボーリングが付設されますが、Plot 2での排水状況は不明です。2005年に斜面崩壊が発生した写真1dでは法尻部に木柵が道路と並行に設置されています。これは斜面の不安定な表土層を固定させて表面侵食を防止する柵工のひとつと考えられます。このように、ベトナムでは治山技術が一部の現場に適用されている状況は認められたものの、多くの斜面崩壊に対しては、道路という重要な保全対象が近傍に走っているにも関わらず、斜面崩壊の発生から相当の期間経過後も特段の対策はなされていない実態が明らかになりました。今後、日本の簡易な治山施設を現地へ導入する際には、こうした現況、及び治山施設の資材調達やコストに関する情報収集が重要です。
写真1. Moung Gion Communeにおける斜面崩壊の状況
斜面崩壊の規模や運動特性の指標となる、崩壊地の長さ、崩土の流下距離、崩土体積の度数分布を図3にまとめました。崩壊地の長さは最短10~最長150mとバラツキが大きいです。ただし、崩壊地の長さは、日本においても発生域-流走域-堆積域の区分をせずにまとめて表記されることも多く、実態と齟齬が生じる場合も多いです。よって今後は現地でのより詳細な調査が望まれます。崩土の流下距離は最短1~最長120m、崩土体積は最少2,250m3~最大1,000,000m3で、これらも同様に発生域-流走域-堆積域の区分判定に関する再検証が必要です。法面及び上部斜面の植生は、草地、シダ、竹、灌木類が多いが一部は畑作地になっています。
図3. Moung Gion Communeにおける斜面崩壊の度数分布
出典:古市剛久・大丸裕武・村上亘・岡本隆(2021)衛星画像から抽出されたベトナム北西部湿潤温帯山地における斜面崩壊.日本地球惑星科学連合2021年大会発表要旨,HDS10-03