国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所
REDDプラス・海外森林防災研究開発センター

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マングローブ林の機能評価

海面上昇による高潮被害に対するマングローブ林の沿岸域防災・減災機能の評価

1. 地球規模の気候変動下におけるマングローブ林を取り巻く状況と課題

マングローブ林は地域住民に利用されつつ様々な生態系サービスを提供しています(Ewel et al. 1998)。一方で、マングローブ生態系の炭素蓄積機能は、その格段に高い生産性の下、同一気候帯に成立する陸域生態系より高いとされ(United Nations Environment Programme 2009, Alongi, 2020)、マングローブ林の保全と再生は気候変動緩和策の有効な手段の一つであると考えられています(Alongi, 2018)。加えて、マングローブ林は、気候変動による海面上昇や、海水温度の上昇に起因して巨大化が想定される台風による高潮リスクの軽減、沿岸域の浸食防止など、国土保全のための防災・減災を含む気候変動の適応策の一翼としても期待されている部分があります(International Federation of Red Cross and Red Crescent Societies 2011, Huxham et al. 2017)。しかし、現状は、大規模な港湾開発や魚介の養殖池造成、商業伐採などによりマングローブ林の消失や劣化が進行しており(Alongi 1998)、さらには高潮被害が顕在化している地域もみられます。このため、マングローブの再植林による沿岸域の保全活動が活発化してきているが、マングローブの生育適地の特殊性から、胎生種子の定着や植栽した実生の活着が阻害され、植林後の生育が良好でなかった事例も報告されています(International Federation of Red Cross and Red Crescent Societies 2011)。これは、どのようなエリアにどのような樹種を植栽して回復させるのがよいのかというマングローブの「適地適木」に関する知見が不足していることに起因しています。こうした背景から、海面上昇による高潮被害に対する沿岸域の防災・減災に関して、沿岸生態系における気候変動の緩和・適応策の鍵となるマングローブ林の機能の評価とともに、これまでのマングローブ林の修復植林活動実績を整理し、マングローブ林の保全や修復に関する技術的指針の提示が急務となっています。

2. ベトナム社会主義共和国におけるマングローブ林の分布や現況とそれらの変遷

マングローブ林は、塩性湿地や海草藻場とともに、熱帯~亜熱帯域の沿岸生態系を構成する主要な生態系です。東南アジアにおけるマングローブ林は、世界のマングローブ林面積の約28%を占めています(Veettil et al. 2019)。

本課題において研究対象地域としているベトナム社会主義共和国(以下、「ベトナム」という。)には、2015年現在、27万haのマングローブ林が分布するとされています(FAO 2015)。面積ではインドネシアやマレーシア、インドなどには及ばないレベルですが、ベトナムのマングローブ林は総延長 3,260 kmの海岸線の相当部分を占有し、生態学的にも、経済的にも、また環境保全・減災の観点からも重要な役割を持つ生態系として認識されています。また、ベトナムにおける大半のマングローブ林は、地球規模でみても非常に重要な河川デルタ、すなわち、北部地域は紅河デルタと、南部地域はメコン川デルタに主に成立しています(Veettil et al. 2019)。

既往研究におけるベトナムのマングローブ林の炭素蓄積量はいくつかの報告(Alongi 2012,Dung et al. 2016, Tue et al. 2014, Nam et al. 2016, Hieu et al. 2017, Hien et al. 2018)がありますが、それらの結果を図1に示しました。また、Alongi(2020)を参考に全球平均値との比較も図1に示しました。ベトナムにおけるマングローブ林地上部バイオマス炭素(Above-ground biomass organic carbon: AGBCorg)、地下部バイオマス炭素(但し、1m深まで)(Above-ground biomass organic carbon: BGBCorg, 1 m in depth)、土壌炭素(Soil organic carbon: SCorg)および全炭素蓄積量(Total organic carbon stock: TCorg stock)の平均値は、それぞれ120(42.2-298.1)、21.8(8.7-52.7)、583.0(146.8-811.7)および803.5(310.3-1014.9)Mg Corg ha-1でした。マングローブ林のAGBGorg、BGBCorg,(1 m in depth)、SCorgおよびTCorg stockの全球平均値は、それぞれ109.3±5.0(1.9-537.7)、80.9±9.5(0.3-866.0)、565.4±25.7(37.0-2102.7)および738.9±27.9(46.3-2205.0)であることから、ベトナムにおけるマングローブ林の炭素蓄積量は、BGBCorg,(1 m in depth)を除いて、全球平均値とほぼ同様の値を示しました。BGBCorg,(1 m in depth)が低いのは、調査点数が少ないことに加え、地下部バイオマス量の調査には手間と労力を要し、困難を極めるため、定量精度にいくぶんの難があるためと推察されました。このことは、ベトナムのデータに留まらず、全球データについても同様です。

図1. 既往研究報告をベースとしたベトナムおよび全球データにおけるマングローブ林の地上部バイオマス炭素(Above-ground biomass organic carbon: AGBCorg)、地下部バイオマス炭素(但し、1m深まで)(Above-ground biomass organic carbon: BGBCorg, 1 m in depth)、土壌炭素(Soil organic carbon: SCorg)および全炭素蓄積量(Total organic carbon stock: TCorg stock)データの比較

また、ベトナムにおけるマングローブ林の消失・劣化とその後の修復について、その変遷を追跡するのは、入手できる資料が限定されることから容易なことではありません。以下では、Hong and San(1993)、Nam et al.(1993)、向後・向後(1997)、安食(2002)、宮城ら(2003)、FAO(2007, 2015)、井上・藤本(2014)、田村(2016)、Veettil et al.(2019)などを参考に、マングローブ面積の変遷を追ってみます。

かつて、ベトナムは東南アジアの中でも有数の豊富なマングローブ林に恵まれた国でした。ベトナム戦争以前の1940年代初頭には約40万haのマングローブ林が分布していましたが(Maurand 1943)、インドシナ戦争などに伴う乱伐により1962年には29万haまでに減少しました(安食 2002)。さらに、その後のベトナム戦争での枯葉剤やナパーム弾の使用によって、10万ha以上のマングローブ林が破壊された(Hong and San 1993, Veettil et al. 2019)とされ、1975年には20.5万haとさらに減少したと報告されています(安食 2002, 宮城ら 2003)。ベトナムは政府主導の下、マングローブの修復植林が精力的に展開されてきましたが(International Federation of Red Cross and Red Crescent Societies 2011a, 2011b)、それはこうした事情によるものです(安食 2002, 宮城ら 2003)。南北統一以降、政府主導の植林事業が立ち上げられ、この活動を支援する形で、デンマークや日本の赤十字社、および国際赤十字赤新月社連盟を初めとするさまざまなNGO団体などの植林活動(International Federation of Red Cross and Red Crescent Societies 2011a, 2011b)が功を奏し、1980年には26.9万ha(FAO 2007, 田村2016)、1983年には25.3万haまで回復、増加しました(安食2002, Veettil et al. 2019)。

一方で、1980年代後半には、政府によるエビ輸出の奨励もあり、従来の伝統的養殖法と異なる半集約的エビ養殖(鈴木 2003, 井上・藤本 2014)が導入されました。特に1986年に導入されたドイモイ政策以降、この半集約的養殖法が急増し(安食 2002, International Federation of Red Cross and Red Crescent Societies 2011, 井上・藤本 2014)、それに伴うマングローブ林の伐採、転用により、マングローブ林は再びその面積を減少させることとなり、1987年には16.1万ha(安食 2002)、2005年には15.7万ha(FAO 2007, 田村2016)まで減少しました。以降については、2010年に26.2万ha、2015年に27万haへと増加に転じています(FAO 2015)。

以上、ベトナムにおけるマングローブ林面積の時系列変化については、図2に示しました。

図2. 各種既往報告を基にしたベトナムにおけるマングローブ林面積の時系列変遷

3. ベトナムにおけるマングローブ植林の状況-スワントゥイ国立公園の事例

3.1 スワントゥイ国立公園の概況

本事業では、ベトナム北部にあるスワントゥイ国立公園(Xuan Thuy National Park: 以下、「XTNP」と言う。)を、沿岸域の防災・減災に関するマングローブ林の機能評価の調査対象としました。XTNPは、ベトナム北部のNam Dinh ProvinceのTonkin湾内紅河河口部(北緯20度13分37.6度、東経106度31分42.0秒)に位置します。ここは、ベトナム初のラムサール条約登録湿地にもなっています(Ramsar Sites Information Service 2021)。XTNPには15,000 haもの面積のマングローブ群落が分布しており、植栽されたマングローブと自然定着したマングローブが混在しています(Tinh and Tuan 2015)。

主な構成樹種は以下の3種:メヒルギ(Kandelia obovata)、ナンヨウマヤプシキ(Sonneratia caseolaris)、フタバナヒルギ(Rhizophora apiculata)です。当該地の年平均気温は23.4~24.5℃の範囲で、最寒期(12~1月)の月平均気温は16.0~17.1℃、最暖期(7月)には月平均気温が29.4℃を超えます。平均年降水量は1750~1800 mm year-1の範囲で、雨季(5~10月)と乾季(11~4月)が明瞭であるとされます(Nam Dinh Province Statistics Office 2016)。一日の干満潮における潮位差は、最大時には3.54 m程度、最小時には0.37 mを示すとされています(Centre for Oceanography 2016)。

3.2 XTNPにおけるマングローブ林分布の変遷

グーグルアースによる現在(2019年9月25日撮影)のXTNPの空中写真を図3に示します。Tonkin湾の紅河河口南方沿岸部に水路の入り組んだマングローブ群落が広がっている様子を確認できます。空中写真を見る限り、ここでのマングローブ林の保全対象は、マングローブ林の北方にある、魚介の養殖池や農地、さらに内陸部にある住宅地などに加え、ラムサール登録湿地であるXTNPを構成するマングローブ林そのものであると言えます。

図3. スワントゥイ国立公園(Xuan Thuy National Park)周辺の空中写真
出典:Map data c2020 Google Earth(2019年9月25日撮影)

本項では、こうした防災・減災上の保全対象を有し、その機能の発揮が期待されているXTNPのマングローブ群落はどのように形成されてきたのか、U.S. Geological Surveyが提供する過去の衛星データを基に、1975年から辿って見ることとします(図4a-e)。1975年の当該地域の空中写真を示す図4aには、紅河河口部から南西に伸びて形成されている砂州が確認できますが、図3で確認された現在分布しているマングローブ群落らしき植生分布は確認できません。1987年(図4b)になると、紅河河口部の両岸にマングローブの植生が分布するようになり、その周囲にも土砂の堆積が認められ、徐々に地盤が形成されている様子が確認できました。1999年(図4c)になると、マングローブ群落の分布は、紅河河口部のより沿岸側に移行し、陸域側の箇所はマングローブ群落から改変され養殖池や農地などに土地利用が変更されてきた様子が見られました。2013年(図4d)には、沿岸域および西側部分の地域にもマングローブ群落が拡大していく様子が見られ、概ね2019年(図3および図4e)の分布状況に近くなっている様子が確認できました。

空中写真によるマングローブ林分布の時系列変化は、2.で記述したベトナム全土におけるマングローブ変遷の状況と類似していました。すなわち、1980年代までの植林そのものによるその分布面積の拡大と、その後の土地改変によるマングローブ林の消失、さらにより積極的な植林活動に伴う分布の拡大の視覚的変遷が示されました。当該地域のグーグルアースによる空中写真を拡大してみると、植栽事業によって植栽されたマングローブの実生木が整然と整列して植えられている様子が各所に確認できます。以上の結果は、国土保全や沿岸域の護岸に対し、こうしたマングローブの植栽活動の果たす役割は大きく、また、比較的短期間で大きな国土保全効果をもたらしていることを示唆していると言えるでしょう。

a:1975年5月19日
b:1987年3月7日
c:1999年12月21日
d:2013年12月27日
e:2020年6月21日

図4. スワントゥイ国立公園(Xuan Thuy National Park)周辺の時系列衛星画像
出典:U.S. Geoloical Survey

4. まとめ

ベトナムにおけるマングローブ林に関しては、インドシナ戦争やベトナム戦争に伴う乱伐・破壊や、南北ベトナム統一後の魚介(特にエビ)の養殖推奨、港湾開発、土地利用の改変などにより、その分布面積の減少傾向が続きました。その一方で、政府主導の精力的なマングローブ修復植林活動が功を奏し、ベトナム戦争前(1940年以前)のレベルには達し得ないものの、2000年代以降、その分布面積は増加傾向に転じていました。すなわち、温暖化や気候変動に起因した海面上昇、台風等の巨大化に伴う沿岸域の防災・減災や国土保全の一翼を担う、マングローブ生態系の保全や修復に関する技術指針を検討する上では、ベトナムのマングローブ林の状況は有用であり、有益であるといえます。

ベトナムにおいては、沿岸保全および防災・減災のためのマングローブ修復植林が精力的に取り組まれており、かつ沿岸部における災害に対する被害軽減にマングローブ林が果たす役割は大きいことが示唆されている一方で、それを裏付ける科学的データは現在もなお不足しています。理想的には植栽したマングローブが順調に健全に成長していくことが望まれますが、現実では必ずしも活着や成長が芳しくない事例も報告されています。そうした状況を引き起こす原因が何なのか、低温害や暴風害、潮風害などの気象害によるものか、潮汐波力による浸食や堆砂や土砂の堆積などの立地的要因なのか、あるいは、マングローブの伐採・利用、漁獲活動等の人為活動や社会経済活動の影響に起因するのか、などは、現状、不明です。

このことから、今後は、ベトナム北部のスワントゥイ国立公園などのこれまでの実績・実例に関して、各種現地調査からデータを集積し、マングローブの保全のために必要となる、生態、立地、社会経済的要因を解明するとともに、沿岸域の防災・減災にかかるマングローブ林の機能について評価・解明するための、継続調査が求められています。